「……?」
目覚めは微かな違和感と共に。美汐は口の中で燻る違和感に顔をしかめた。
心当たりはある。昨晩に舌を噛んだのだ。それも思いっきり。しかも、その直後に熱いポタージュスープなぞ飲んだ覚えすらある。
どうやら炎症と火傷が重なったらしい。
「考……」
えても仕方無い……、と続けようとして、美汐は口を押さえて俯いた。
傷に歯が触れると、鈍い痛みが舌の上を走るのだ。鈍いとはいえ、無視出来ない程度の大きさの痛み。
目尻に涙。
なったものは仕方がない。朝ご飯を食べて、学校に行こう。
美汐はそう考えて台所に立った。
冷蔵庫を開ける。
「……」
美汐呆然。
冷蔵庫の中には何も無かった。ザ・カラッポ。
(そういえば……一昨日に食材は使い切っていたんだ)
歯噛みしても、もう遅い。昨晩は水瀬家の餐に呼ばれすっかりと食材の枯渇を忘れていた、美汐の完全な手落ちだ。
幸いな事に……と言うべきか、米だけはある。
まずは米を炊くことにした。
そして戸棚の中をチェック。干し椎茸や若芽やとろろ昆布などの、汁物やおかずになりそうな食材が無いかどうかを確かめるのだ。発見出来たもの、干し椎茸、ガーリックチップ、ナツメグ、粒胡椒、梅昆布茶の素。
(どうして、こうも中途半端な物しか無いのか……)
美汐、泣きそう。
朝食に何を作るかには少し迷ったが、美汐はおにぎりを選んだ。その選択理由は他に簡単に出来そうなのが焼き飯かお茶漬けしかなく、お茶漬けは亡き祖母に
「朝から柔らかいお茶漬けを食べると消化器が弱って牛になるよ」
と躾られたから、メニューとして考えにも上らなかった。祖母の躾が中途半端に科学的で中途半端に迷信っぽいのにも疑問を抱かない素直な美汐は、よく祖母のいいつけを守っている。
焼き飯については具が皆無で寂しいものだから朝食候補から除外。消去法でおにぎり、あるいは炊けたご飯そのまま。どちらにしても寂しいのに変わりないという事は、意識して考えないようにした。
半合のお米はすぐに炊け、そして美汐、米だらけのそれを口にしてみた。ぱくり。
口を押さえてうずくまる美汐。
口の中がえらい事になっていた。米の粒が傷口に触れる感触もさる事ながら、味つけに使った塩やら何やらが傷にしみた。慌ててお茶を啜る。
口を押さえてうずくまる美汐再び。
熱いお茶は何の解決にもならなかった。
(こんな、こんな事って……)
得体の知れない理不尽さに、美汐半泣き。さすがに米だけでは弁当箱に詰めて学校に行く事もできず、昼食も完全に抜く事決定。踏んだり蹴ったりとはこの事か。
泣く泣く学校に行った美汐、親切にも昼食のおすそ分けを願い出た先輩2人の厚意により貧しい昼食は回避したものの、そのメニューは
「……酸っぱ辛くて美味しい」
「あははーっ 今日はタイ風味なんだよーっ!」
「ほんなほふなほとわなひてひょおっ!」(←舌が痛くて回らない)
非常に酷な味だった。
(終わる)
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