相沢祐一にとって金曜日とは、特急列車で2時間ほどかかる街へ、大学生だった頃を過ごした場所へと戻る日だ。
「普段が離れ離れだからな。休みの日くらい一緒に居たいじゃないか」
というのが彼の主張。
彼には愛する人が居る。天野美汐という、高校の頃からの後輩だ。
就職地が中途半端に遠隔地だったので祐一は就職と同時に引っ越したものの、毎週金曜の夜には元居た街へと帰る。
そして毎週金曜日の昼には美汐からメールが来る。いつでも良いと言っているのだが、必ずそれは昼休みになった途端に来る。
時計の針とにらめっこして時間を計りながら携帯電話を構える、そんな律儀な彼女の様子が思い浮かび、毎週のこと祐一は微笑する。
『祐一さん。
お元気ですか? 夏風邪など召されてはいませんか?
今週もあと少しで終わりと思うと、あなたに早く会いたい気持ちが抑えられません。金曜日なんか無くなってしまえば良いのに。
学業も家も、何もかもが煩わしく思えて仕方がありません。そんなものが無ければ、今すぐにでもあなたの許へと駆けて行くのに。
こんな事を言うと、あなたに怒られますね。
だけど、強く思います。
何もかも投げ打って、今すぐあなたの許へと行きたい。毎朝起こしてあげたい。毎日お弁当を届けてあげて、毎日迎えに行って、いつもいつも一緒に居たい……。
一瞬でも早く逢いたいです。
祐一さん』
毎週金曜日の彼女のメールは、いつもいつもこのような内容だ。
以前、同僚にそれを見られてしまい、それ以来回し読みされることすらある。
人の好い祐一はそれも祝福の形だと思って、彼らに望まれるがまま彼女からのメールを読ませていたのだが、あるとき遂にそれが当人にバレてしまい手酷く叱られたものだった。
その時のメールの内容が
『これからの私の時間をあなたに捧げます。
いついかなるときもあなたを支えるために努力を惜しまないことを誓います』
というものだったから、それもまたむべなるかな。
しかしそれ以降も変わらずに祐一は彼女からの愛に溢れたメールを同僚に見せながら惚気続け、毎週金曜日の定時には何があろうと仕事を切り上げ、そして月曜日まで帰ってこないという愛妻家(未だ結婚はしていなかったが、名実共にそうなるのも時間の問題だ)ぶりを示し続けた。
そんな祐一の習慣が初めて崩れたのは、夏も本番を迎える頃。
「付き合いが悪すぎる」
という研修仲間の大合唱に押された祐一が、終電までという約束で参加した飲み会での事。
昨晩に電話でその事を報せたのだが、美汐は大いに御冠。いつもは心が逸る金曜日だというのに、彼女と顔を合わせることが少し気まずい。そのこともあってか、祐一は簡単に潰されてしまった。
終電の時間に立ち直ることなど、出来はしなかった。
酔い潰れて運ばれた同僚の部屋、寝転んだ畳の上。多少年季が入った井草の香りが、祐一には慣れ親しんだ天野家が思い出されて心地好い。
そんなときに肩を揺すられる振動と、まどろみを破る無粋な声。
「おい、相沢。起きろ。愛しの彼女から何かメールが来たぞ」
祐一は澱んだ頭を必死に働かせる。ああ、そうか。美汐からメールが来たか。
「勝手に読んでいいぞ」
何を思ったか、祐一はいつもの調子で閲覧を許可。
思考することすら億劫になっていた祐一は再びまどろみの中へ。読んで聞かせるような同僚の声が子守唄。
『祐一さん。どうして帰ってきてくれないんですか。
私に祐一さんの写真を抱き締めて寝ろと仰るのですか? ええ、抱き締めましょう。あなたがそう望むのなら。いつだってあなたの望む私で居たいですし。
本物には敵いませんが、写真のあなたも可愛いですから。一人寝の寂しさを慰める役には立つでしょう。
だけど、このままでは寂しさのあまり、写真をメールに添付してあちこちに送信してしまいそうです。秋子さんには好評でしょうね、祐一さんの女装。
ちなみに、添付ファイル――』
さあ祐一、携帯を奪って逃げろ。
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